03:日本における電話リレーサービスの始まり
目次
日本製のシステムの導入へ
前回述べたフランス製のdjanahの通信は安定しないため、別システムへの移行を検討し、国内にあるシステム開発会社と繋がることができました。その会社では、専用アプリ不要でウェブブラウザでリアルタイムに映像のやりとりができる仕組みを開発しており、ビデオ通話によるウェブでの問い合わせサービスを店舗や銀行等に提供していました。これはまさに電話リレーサービスで必要としていたシステムであり、その後協議を重ねて、技術はシステム開発会社、仕様は私たちという二人三脚の体制で専用システムの開発を進めていきました。
開発にあたって、ビデオ通話の他に、もうひとつの要はオペレータから相手先に電話をかける部分です。今でこそ同じようなサービスが多数の会社から提供されていますが、当時自由にカスタマイズできて、かつインターネット上で電話の発着信ができる仕組みを提供していたのは、アメリカのTwilio社しかありませんでした。システム開発会社が元々保有していた技術にこのTwilioのパーツを組み合わせて、現在提供している電話リレーサービスのシステムの初期ともいえるシステムが出来上がりました。
当時のサポートセンタースタッフ4名を中心に、全国の情報提供施設からも当事者に周知を図り、試験的に使ってもらいながら100以上の意見を集約し、修正を重ねました。自分たちでひとつひとつの画面デザイン等を決めていくのは非常に大変な作業ではありましたが、サービスの空白期間を作ることなく、djanah導入後のわずか1年後となる2017年7月には、日本製のシステムへ移行し、本格稼働することができました。システム移行により、通信の不具合は大きく減り、またウェブブラウザを使用したことにより、利用者にとっても格段に使いやすいサービスになりました。通訳事業者は、公募により民間3社、情報提供施設3団体の計6事業者への委託から開始し、日本製のシステム移行と同時期に、情報提供施設1団体を加えた7事業者へと拡大しました。
助かった命、助からなかった命
モデルプロジェクトの利用者は日に日に増え、電話の発信数も増加しました。基本的にどこにでも電話をすることができましたが、一部技術的にかけられない番号がありました。例えば、緊急通報機関への連絡(以下、緊急通報)は、モデルプロジェクトの事業目的や責任範囲から外れる位置付けであったことから、対応しない方針でした。しかし、実際には命に係わる切迫した通話もあったのです。
初めて報道されたのは、2017年6月に起こった愛知県三河湾沖でのボート転覆事故脚注1でした。ボートに乗っていた4人全員がきこえない人で、そのうち1人が電話リレーサービスに登録しており、「文字リレー」を使って助けを求めました。対応した通訳オペレータが転覆場所をたずね、118の代わりに管轄の海上保安庁を調べて電話をかけ、無事4人の命が助かったのでした。突然の緊急通報に通訳オペレータは慌てたことでしょう。そもそも緊急通報は実務上対応しない方針だったため、画面越しに起こっている状況にどう対応するのがベストなのか、瞬時に判断することが求められた通話だったと考えられます。この経験は、緊急通報の体制を構築する必要性をより実感させるものとなりました。
通訳オペレータの負担等を考えても、民間団体(当時のモデルプロジェクトの主体は日本財団)が緊急通報に対応し続けることはできないと考え、関係各所へ働きかけていたところ、更に別の利用者より緊急を要する発信がありました。2018年10月、岐阜・長野県境の奥穂高岳で遭難し脚注2、山中から助けを求める電話でした。最初は「手話リレー」で着信があり、通訳オペレータは画面越しに見える背景から、利用者が山にいること、一刻を争う通話であることをすぐに理解したそうです。遭難者の場所が県境だったこともあり、複数の警察・消防へ電話して状況を通訳し、充電確保の観点から利用者とはビデオ通話から文字チャットに切り替え、SMSでもやりとりを重ねました。この遭難事故は悪天候かつ夜半に及んだこともあり、すぐには救助に向かうことができず、夜が明け次第の対応となりました。結果として、残念ながら遭難者3人のうち、1人の命が助からず、複数のメディアが非常に痛ましい事故として報じました。私たちは当時対応した委託先の通訳事業者から詳細な報告を受け、後日、実際に電話をかけた当事者の方にもインタビューを行いました。短時間に利用者と警察・消防の双方から何度も電話があり、通訳を行っていたこと、そして利用者本人の発言内容からパニック状態にあったことが伝わってきました。
どちらの事故も、電話リレーサービスがなかったらどうなっていたのでしょうか。これまで、きこえない人が電話を使え なかった間、本来できたであろう緊急通報が一体どれくらいあったのでしょうか。また、その間、きこえない人たちは実際にどのようにしてきたのでしょうか。それを考えると、私たちは一刻も早くこの現状を変えるために、緊急通報の体制整備を訴えなくてはならないと強く決意したのでした。
次回のコラムでは制度化に向けての動きをお届けします。
(業務企画調整チームリーダー 親松紗知)
脚注1「海で遭難の聴覚障害者、「電話リレーサービス」で救助」(日本財団ブログ, 2017年06月05日)
脚注2「総務省へ電話リレーサービスの制度化に関わる要望書を提出」(一般財団法人全日本ろうあ連盟, 2018年10月25日)